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| 2006年4月15日、当社スタッフ5名で見学したレポートを森本晃尚が報告いたします。 |
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大きな屋敷から分譲住宅へ
田んぼからマンションへ、
鎮守の森から駐車場へといった
街並みの変化は、僕の住む地域においても盛んに見られます。
そうしていつのまにか、
懐かしい風景はほとんど姿を消してしまいました。
大阪の中心地においては、なおさらその変化は顕著です。
空堀地区は太平洋戦争の空襲を免れたことや
その他の要因が重なり、
古くからの街並みがそのままといってよい形で保存されています。
国や自治体によって保護されたわけではなく、自然と残ったようです。
住人の中には「取り残された」と感じる人も多かったといいます。
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| △歴史を感じさせる街並み(街区ごとに趣きが異なる) |
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しかし、ここ数年は、多くの地域住人の努力によって街並みが
守られています。
建築家の六波羅雅一(ろくはらまさかず)氏が中心となって
地域を保存するだけでなく、積極的にイベントを開催し、
マップを作り、「萌」「練」「惣」といった街づくりの拠点も作られました。
そのどれもが既存の町屋を最低限改修した建物です。
ここを散策していると、
何か新しいことをするには、新しい建物が必要だ
という発想を忘れてしまいます。
現実には法規の問題などで、
既存建物のツギハギのみでは街を作り出せないし、
また建替えてしまったほうが手っ取り早い。
そこをあえて残すという手段を選んだ。
その「あえて」は足を運んで見るとすぐ理解できる
と思います。
そのようにしてコンバージョンされた多くの店舗は
20代、30代の若者により運営されています。
現代の都市の施設は若者と老人が混在している状態を
あまり見かけませんが、ここでは何の違和感もなく混在していました。
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△松屋町駅から坂を上がってすぐの「錬」という施設
カフェ、雑貨店、眼鏡屋など様々な店舗が雑居するこの屋敷も、
取り壊しの危機に瀕していた。
→「楽」というカフェで休憩。この町らしい白州正子の本も充実し
一人でも憩える空間となっている。 |
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他の地域同様、
空堀の中でも出来たての駐車場や、マンション建設現場も見られ、
このノスタルジーな感覚の街は、今後も多くの人の努力がないと存続できないことが実感できました。
ある程度、現代化されてからの町に育った僕にとって
この地域には、現代が切り捨ててきた街の多くの要素がある気がします。
たとえば地蔵や稲荷が街に果たす機能などは、数値化できないものですが
治安上、防犯カメラに匹敵する力を持っていたのかもしれないし、
街への愛着にも寄与していると思います。
どこの街に建物を建築するにせよ、
その街の歴史にいわば接木をするような行為になるのだから、
それがいかに自然に、さりげなく行えるか、
空堀の再生にはその多くのヒントがある気がします。
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| △フェンスの中ではマンションの基礎工事が行われていた。 |
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アクセス
地下鉄谷町線谷町六丁目駅もしくは、
長堀鶴見緑地線松屋町駅下車すぐ |
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